「普通」って何だろう

「普通」って何だろう

 

辞書を引くと、

世間に対して使えば、

ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。一般的。通常。」

ということ。

 

自分自身に対して使えば、

「いつも、たいてい、通常、普段」

ということ。

 

大人数がそうしていることは「普通」

自分がよくしていること、定期的にそうしている、そうなることも「普通」

 

「普通」は自分で創っていけばいい

「普通」は「特別」であってもいい

「特別」が「普通」であることもある

「普通」に慣れないこともある

「普通」と言っている人が「普通」であることのほうが少ない

 

私はそう感じる

 

自分自身の「普通」を疑ってみて

自分自身の「普通」の裏側を見てみて

 

プラスの「普通」は観れるけど

マイナスの「普通」は目を閉じる、逃げる、無視をする

 

自分のエゴは「普通」なのか?

自分のエゴは「普通」がいいのか?

 

自分のエゴはなかなかの曲者

「現状維持」の「普通」をとても好んでいる

「現状維持」の「普通」にしがみついている

 

ならば「現状維持」に「特別」を入れてみよう

 

そうすると「特別」が「普通」になる

 

だとすると「普通」って何なんでしょう

 

こんな書き方をすると「普通」は悪者であるかのような錯覚におちいるが、

「普通」に善悪はない

 

「普通」=つまらない人

「特別」=面白い人

と、決めてみると、つまらない人は「悪」っぽい、面白い人は「善」っぽい

 

でも「普通」に生活できることは「善」

「苦」るしんで生活することは「悪」、と思ってしまう

 

そうすると、やはり「普通」って、何なの?

 

「普通」を嫌って、「普通」じゃないことを良しとしていることに気が付きました

 

「普通」って、素晴らしいこと

「普通」って、ななかできないこと

「普通」って、結局「特別」だと感じます

 

何かにこだわって、「普通」を嫌っていたけれど、

「普通」って本当に素晴らしいことです

 

ありがとうございます